FC2ブログ

KenConsulting Blog

KenConsultingの本多謙が政治/経済記事を独自の視点で評論します

欧州分断するポピュリズム

ポピュリズム非難と民主主義擁護の矛盾

「欧州分断するポピュリズム」と題するコラムを日経新聞の上級論説委員が2018年5月31日の中外時評欄に載せている。内容は欧米のリベラルな論調を後追いしたもので、欧州でポピュリズム政権が拡大していることを憂いているものだ。即ち、ポピュリズム政権が「司法やメディアを抑えつけ、EUの決めた難民の受け入れ枠は拒否した。掲げるのは、法の支配や寛容さを重んじるEUのリベラルな価値観と一線を画す『非リベラルな民主主義』だ。」とリベラルの退潮を嘆き、「英国がEUを去ったあとも、ドイツとフランスがリベラルなEUの価値を守り、ポピュリズムの拡大やユーロ危機の再発を防ぐ、(中略)こんな期待にも、再び赤信号がともり始めたようだ。」とコラムを閉じている。

このコラム子が欧州発のリベラリズムを擁護しようとしているのならその論調に含まれている矛盾に気付かなくてはならない。英国人が「どうしてEUから脱退するのか?」と日本人に問われたとき「日本の国内政策が大陸の上海(だったかな?)で決定されたら嫌だろ?英国人はブリュッセルの官僚に自国のことを勝手に決定されるのは嫌なんだよ。」と答えたという話を聞いた時、なる程と納得した。

要するに、リベラリズムはグローバリズムと一体で、その思想をEUは実現しているのだが、それはブリュッセルの官僚たちが28加盟国のほとんどを決定し運営するシステムなのだ。この体制はソビエトを中心とする共産主義と相似形になっている、と言われたら驚くだろうが、事実だ。このシステムは加盟各国の主権を制限するから、その制限を正当化し国民を納得させる為にメディアが使われる。つまり、メディアの仕事は加盟国の国民を騙してブリュッセルのリベラリスト達の意向に納得し自分の不利益を受け入れるようにすることなのだ。移民の割り当てなど正にそうだ。各国の国民は選挙でその不利益を拒否しているのだが、リベラリスト達はそれをポピュリズムと言って非難し、民主主義の危機だと言って嘆く。これって矛盾しないか?この矛盾に気が付いたら、このコラム子は欧州のリベラリズムを英国人の様に避難するはずだ。だが、メディア側のコラム子はリベラリストに奉仕することを当然としているのかも知れない。

このコラム子は優等生の匂いがする。優等生は教えられた「正しい」ことを全て頭の中に記憶し、それを自分の知識として整理し組み替えて書いたり話したりする。自分の価値観を基に情報を篩(ふるい)にかけることはしない。このコラムがそうだ。メディアとしてリベラルな立場を当然とし、それを前提とし、その矛盾を無視して論陣を張っている様に見える。あるいは、欧米のリベラルの論調に追随していれば格好が付くというだけなのかも知れない。

欧米の正統派メディアも同様だ。彼らは正当な民主主義の手続きを経て成立したトランプ政権を貶め、なんとかして 引き摺り降ろそうとしているが圧倒的な人気のトランプに対して劣勢だ。日本のマスコミも安倍政権に対して同様だ。このコラム子の様な優等生には一度、何が自分と自分の家族と自分が属するコミュニティーにとって重要かを考えて頂きたいと思う。例えば「あなたは日本の税金の問題を上海の中国人に決めてもらいたいですか?」だ。筆者なら当然NO!だ。


資料;https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31155280Q8A530C1TCR000/  

PageTop

AIは人を幸せにするか

クラウス・シュワブ氏は日本にとって危険人物か?

世界経済フォーラム会長のクラウス・シュワブ会長との「AIは人を幸せにするか」という題のインタビューが2018年5月8日の日本経済新聞に載った。筆者はかって日本でAIソフトビジネスを立ち上げたことがあるので興味深く読んだ。シュワブ氏は「ダボス会議」を主催する、世界経済の方向性を考える上で不可欠な人だ。
インタビュー記事からシュワブ氏を探ってみたい。

スイスの大学の博士号を持つにすぎないシュワブ氏がなぜダボスというスイスの寒村に世界中の指導者を集め世界の問題を話し合うようにできたか?それはスイスが永世中立国となり多くの国際機関の本部がスイスにあるのか?という疑問につながる。世界決済銀行の本部もスイスにある。スイスはロスチャイルド家などの欧州の影の指導層が国家間の紛争を調整する場として作った人造国家なのだ。だからシュワブ氏はドイツ出身でありながらスイスに住み、一介の博士号取得者でありながらこの影の指導者層の信任を得た指導者として国際会議を主催できているのだ。国際社会という枠組みは欧州で発生しそれが全世界に拡大した。国際社会を一つの論理で統一的に把握し導こうという彼らの指向性はかつて共産主義を生み育てたが、これは失敗した。この指向性は彼の話しの節々に出てくる。シュワブ氏と世界経済フォーラムはこの様な性質の団体だということは覚えておいた方が良い。

彼はICT革命に続く第四次産業革命を提唱し、「第4次産業革命センター」を米サンフランシスコに設立し2つ目のセンターを日本に作ろうとしている。このセンターの目的は「技術に限らず社会、政治にも及ぶ」産業革命がもたらす「有難くない結果を避けられる制度、規制を分析し、世界に提案」することにある。今後日本政府や産業界は同センターからの働きかけに対応する面倒な作業に振り回されることになるだろう。そういう意味でも、このインタビュー記事はより多くの人が読むべきだ。

シュワブ氏による産業革命の区分は割とユニークで、『地球は宇宙の中心ではない』ことを知り、科学に目覚め(第1次)、『人間は生物学的進化の一部である』ことを発見し(第2次)、「我々の意思決定が意識的ではなく、無意識に大きく影響されている」ことを理解し(第3次)、人工知能によって「コンピュータの方が人類より優れたアルゴリズムを作り出すことを眼の当たりにした(第4次)という西洋人らしいものだ。彼は無意識界を深く思惟していた東洋思想には詳しくない様だ。それは「世界が共に生きていく方法。その優れた模範として孔子の教えに学ぶことが多いと考えている。」という言葉からも分かる。これは支配体制維持の為の理論だった儒教に対する買い被りか誤解だ。儒教の為に中国は停滞し西洋の攻勢により没落した。氏はむしろ徳川300年の平和と繁栄をもたらした日本の文化に学ぶべきだろう。日本の歴史家は彼に、徳川の平和が1万年以上前の縄文文化や大和朝廷が覇権を獲るまでの動乱の歴史に依ることを教えなくてはならない。彼は中国に洗脳されている匂いがする。

彼の言で見逃せないのは「プラットフォーム経済というものが確立した以上、それを作り上げた企業には競争戦略の必要性が減る。あとは立法者たちの仕事だ。プラットフォーム経済を定着させ、経済の競争力をどう保つかを考えることだ」だ。これを読んでAMAZONやGoogleやフェイスブックなどのプラットフォーム産業がなぜ世界制覇したかが分かった。シュワブ氏らの戦略に同調する投資家が、例えばAMAZONが成功するまで10数年も忍耐強く投資を続けたのだ。日本のIT指導者たちはこの戦略に気付かず、プラットフォーム経済では完全に後れを取った。中国の阿里巴巴の成功もWall Streetが支援したからだ。プラットフォームサービス上に成立したICT産業はそのサービス事業者の掌の上でしか踊ることができない。シュワブ氏らは海外のプラットフォーム事業者のビジネスが有利になる法律をこれから色々と日本政府に要求してくるに違いない。日本はそれに対抗する戦略が必要だ。

中国との経済摩擦に関して氏は「単なる貿易戦争ではなく、第4次産業革命における覇権が絡んだ攻防だろう」と言っている。これは中国を買い被り過ぎだろう。中国は本質的に詐術と体面の国だ。第3次産業革命を成立させた科学技術を外国から借りて来て製造業を興しGDPを世界第2位にしたのに酔って海外に覇権を求めたに過ぎない。中国は早まったのだ。

日経新聞の中山敦史氏は「聞き手から」の欄で、ルネサンスで「大きかったのは人間の価値判断基準が『啓示』から『観察』に移っていったことだろう」と述べ、更に「第四次産業革命を象徴する言葉とは何か。『解析』だろう。」と述べている。ビジネスでも学問でも「啓示」が大手を振っている分野がまだまだ多い。この言葉は何度も折に触れ多くの事象に適用してみるべきだろう。

資料;https://www.nikkei.com/article/DGXKZO30169230X00C18A5TCR000/

PageTop

米欧の断裂 『最悪』への覚悟

日本が想定すべきシナリオ


「米欧の断裂 『最悪』への覚悟」という題で菅野幹雄氏が日経新聞2018年6月29日のDeep Insight欄に一文を載せている。その要旨はこうだ。

トランプは自動車への輸入関税、安全保障費の負担増額、移民政策の批判の3点で欧州を揺さぶっている。これは自由貿易、多国間主義という旧来秩序を破壊することになる。この為EU大統領は「最悪のシナリオに備えなければならない」という文書を提示した。「自由主義や西洋の民主主義といった当たり前の概念が一斉に再検証の時を迎えている。米国に安全保障を依存する日本は何を負担し、地球規模の課題解決でどう貢献するのか。」「日本も欧州とともに、米国との向き合い方を見直す必要がある。」

「最悪のシナリオ」とは欧州がGDP2%の軍事費を負担すると共に、中国で製造しているドイツ車が米国で売れなくなる事態を指しているのだろう。というのは、軍事費負担に加え、ドイツは中国を利用しようとして大量の投資を行い、自動車製造工場を安価に作りそれを米国に輸出している。この車に高額の輸入関税がかかればドイツ車は米国で売れなくなり、それを製造している中国の工場への投資が回収できなくなり、ドイツ銀行は債務超過になり、EUの核であるドイツ経済が破綻し、EUが破綻し、欧州も破綻する、というシナリオが現実になる。これが本当の「最悪のシナリオ」なのだ。

複数の理念を構造化してその論理構造の周囲に概念の系を構築し、それに従って行動を決めるのがドイツの欠点だ。ナチスや難民の受け入れなんかその典型例だ。だからドイツはWW1でもWW2でも現実主義の英国に負けた。EUもそのドイツ式の為に瓦解しようとしている。

こういう頭の悪い田舎者のドイツと日本は余り親密に付き合うべきではない。WW2では軍事同盟なんかを結んで大失敗した。そもそもドイツは大東亜戦争時でも蒋介石に軍事将校や武器を提供して日本軍を苦しめた国だ。現代では、やがて自分に歯向かってくるのも理解できずに中国に虎の子の技術を教えて中国を日本の競合国にしている。ドイツ銀行の筆頭株主はいつの間にか中国系になったから、ドイツは半分中国に乗っ取られたようなものだ。

菅野氏は「日本も欧州とともに、米国との向き合い方を見直す必要がある。」とコラムを結んでいるので、筆者の考えをここで述べておこう。戦後の国際秩序が崩壊する「最悪のシナリオ」は日本にとってチャンスだ。太平洋戦争で日本に手を焼いた米国は日本を弱兵平和産業国家へと導いた。これはオバマの時代まで続き、それが為に日本は軍事力を持てず、米国、中国、韓国のATMになって来た。こうした体制の崩壊を慶賀しなければ日本人ではない。だが、日本を国際社会の中でどの様な国とするかのシナリオが日本側に無ければこの体制崩壊は日本の混乱を招くだけになるだろう。以下、3つのシナリオを挙げたい。

1. 米国に深く入り込む。富の源泉である製造業を米国は再生しようとしている。だが一旦失った製造のノウハウは容易に再現はできない。そこで日本の製造業は米国に工場を作り米国人に製造技術を身に着けさせ、なお且つ製造の核になる部分を日本に留めて米国の工場を遠隔制御する。これは自動車で進んでいるが、その他製造業全般で進める。
2. 米国政府と産業の意思決定プロセスに深く入り込む。多数の若者が米国の大学に進学し、その卒業生が策研究機関や主要企業に勤務する様誘導する。彼らは政治/産業分野で米国流の世界戦略の構築/実施の方法論を身に着けるだろう。その経験を日本で活かす。
3. 日本の経済ブロックを作る。TPP11をさらに強力に組織運営し、世界がWW2の前の様にブロック経済化しても日本の経済圏は確保する。


資料; https://r.nikkei.com/article/DGXMZO32365020Y8A620C1TCR000

PageTop

「とんでもない時代が訪れた。」は愚

日経新聞のOpinion欄にコメンテータの菅野幹雄氏が「『脱・西側』のトランプ動学」という文を載せている(2018.5.23)。

菅野氏は「とんでもない時代が訪れた。」とコラムを始めている。彼は続いて「大国の双璧をなす米中が」つばぜりあいを始めたと嘆き、「異端のリーダーによる信念、計算、そして気まぐれが、関係国の政府と民衆、国際社会を揺さぶり、金融市場を荒らし、流血と犠牲を伴う抗議行動を起こす。」と続け、「派手なディールが尻すぼみとなり、トランプ氏の高揚が一過性に終わる可能性ももちろんある。だが『歴史的な成果』で政権維持の追い風を得れば、本当に世界を根こそぎ変えてしまうかもしれない。このギャンブルは侮れない。」と結んでいる。

菅野氏の論調はCNNやNYタイムズの様な米国主流派のマスコミに共通したものであり、その意味では業界の主流派なのだが、この論調の前提になっている認識には問題がある。

先ず、トランプ氏が「気まぐれ」と言っているが、これは当たらない。彼は選挙前の公約を忠実に実行しているだけなのだ。その意味でトランプは誠実で実行力に富む。米国は好景気で、失業率は2000年以来の4.1%に下がり、なお且つトランプのカウボーイ的なやり方(動学)はガンマンが悪漢をやっつけるのにも似て大衆受けしている。

次に、トランプはTwitterで国民を誤誘導していると非難しているが、国民を嘘で誘導して来たのはマスコミだという事実がある。ベトナムやイラクへの攻撃時もマスコミが国民の正義感に訴え攻撃を正当化した。大統領選挙時、トランプへの人格攻撃が多くなされたがその多くが捏造であることが明らかになっている。マスコミはトランプの何に怒っているのか?それはTwitterなどで大統領自身が国民に直接発信することでマスコ見の既得権益構造を破壊していることに怒っているのだ。事実、日経新聞のDeep Insight程度の情報なら、手間暇を問わなければインターネットから得られる。

第3に、中国を世界の双璧をなす大国だとしていることだ。中国のGDPは世界第2位と言われているが、中国の統計は人為的で信用できないことは誰でも知っている。世界から30年は遅れているとして鄧小平が経済を開放し、米国から技術と資金を与えられて製造工業に突出して成長した中国の製造業の利益率がせいぜい2%であり米国資本の掌の上で踊っているだけのことは経済新聞のコメンテータなら知らない筈がない。

第4に、トランプが「世界を根こそぎ変えてしまう」ことを懸念している。第2次世界大戦以降、米国は世界の国々の警察官となり、世界の産業の仕組みを作り、運用し、米国市場を開放して友好国の産業を成長させて来た。その恩恵を被ったのは大戦で疲弊した欧州各国、日本などの世界の国々であり、これらの国々は世界規模の貿易網という仕組みの中で繁栄してきた。菅野氏が言う「世界」はそうした世界であり、彼はそうした世界が「根こそぎ変え」られてしまうことを恐れている。だが、そうした世界はいつまでも続かない。中国も米国が繁栄させた国だが、中国だけは米国に替わって世界に覇権を実現しようとしている。要するに中国は世界をチベット化しようとしている。日本も当然チベットの様になってしまう。これは「そうした世界」の終わりを意味する。

トランプの大衆極政策はギャンブルではない。周到に練り上げられたシナリオ通り実行されていると見るべきだろう。菅野氏らは中国共産党政府が周辺民族をどの様に虐殺しヒトラーも真っ青の民族浄化をしてきたことを学習し肝に銘じるべきなのだ。

資料;https://r.nikkei.com/article/DGXMZO30809520S8A520C1TCR000 

PageTop

外国人労働とどう向き合うか?

これは日本がどういう国であるべきか?という問題

「外国人労働とどう向き合う」という記事(上)、(下)が2018年6月25日、26日の日本経済新聞「経済教室」に載っている(注)。この見出しは(上)では「拙速な受け入れ拡大避けよ。 「技能実習」の経験を参考に」、(下)では「『量』変調の政策・意識転換を。 『選ばれ続ける国』へ正念場」とある。コラム氏は、「現状の外国人の技能実習制度は弥縫策であり、様々な問題を抱えている。それを解消する為に政府は2025年までに50万人超の労働力を確保すべく在留資格を拡大した。しかし、日本経済は年間40万人の外国人労働力の参入を確保しないと回らないので、『帰還移民』の様な発想を変えた政策が望ましい」と言っている。「帰還移民」とは、何年か日本で働くと母国に帰る仮想移民のことだ。

海外の労働力を日本の産業の為にどう使うか、という問題はコラム氏とは別の観点から注意深くなければならないと思う。筆者は移民について「移民の経済学」という題で2015年7月1日にブログを発表し、一人の移民犯罪者を受け入れることで社会を維持する費用が等比級数的に増大するので、移民は決して経済的ではないことを指摘している。事実、日本は過去に移民で失敗している。朝鮮半島からの移民が良い例だ。日本が李氏朝鮮を併合した時、日本の文盲率は5%で、朝鮮の識字率は5%だった。日韓併合後、朝鮮半島から豊かな日本に職を求めて朝鮮人が少しずつ日本に移住し始めたがその多くは文盲で、日本で貧困階層を構成した。大東亜戦争後、彼らは連合国側に寝返り、戦勝国民として日本人に多くの犯罪を犯した。日本はこの様な犯罪者を朝鮮に送還しようとしたが、李承晩はそれを拒んだので、日本は彼らを日本に滞留させざるを得なくなった。李承晩は済州島で自国民を大量虐殺し、その避難民は日本に不法入国し、そのまま日本に滞留した。これらの移民たちは日本で被害者ビジネスを始め、日本を大いに貶めた。彼らの為に日本が負担した費用は筆者がブログ「移民の経済学」で指摘した通りだ。

ドイツは第二次大戦後の復興の為にトルコ人を移民させた。彼らはドイツ国内に住み、次第に家族を呼び寄せ、彼らを頼ってその親戚たちが移民してきた。移民たちは当初帰国するはずだったが、彼らの子供達がドイツで育ったこともあり、ドイツに帰化することを願った。誰でも自分の生まれ育ったところが故郷になり、故郷で自分の生を終えたいと思うものだ。これが人間の性(さが)なのだ。ここで宗教というやっかいなものが絡んでくる。トルコ人はイスラム教を捨てず、キリスト教に改宗せず、キリスト教社会を侵略しようとしている。下層社会に押し込められたイスラムの移民たちは上層のキリスト教社会を憎み、倒そうとする。移民たちは特定の産業を支配し、ドイツ社会は移民無しでは運用できなくなってしまい、ドイツは不法移民を送還できなくなった。同じ問題が「帰還移民」を実行した日本で必ず起こるだろう。「まあ、まあ、」では済まない。事実、かつて日本の地方都市で「誰かがコーランを破って捨てたのはけしからん」とイスラム教徒たちがデモをし、混乱したことがある。「帰還移民」は理論的には成立するが、人間の本姓を考慮していないので問題の解決にはならない。

筆者の考えるソリューションは以下の通りだ。A国からの労働者を活用したい団体Bは、先ずA国に進出して自分のビジネスを行い、A国の労働者をA国で雇う。その者は自己の費用で日本語を勉強し、日本で仕事ができる様日本式の仕事の仕方を身に着ける。これに習熟した段階でBはその者を日本で働かせる。その更新期間は2年程度とし、必要に応じて帰国させ、家族を帯同しない。こうすれば「使い物になったころに帰国してしまう」技能実習生の問題は無くなる。A国は自国の労働者の質を税金を使わないで上げることができる。

サービス業や農業は競争相手に勝つには安価な労働力が今すぐ欲しいだろうが、「海外の労働力を使わない」という競争相手と同じ条件で商売できる環境を受け入れるべきだ。機械化やシステム化で工夫の余地はいくらでもあるし、その様にして開発したシステムは海外でも展開できる。


資料;https://r.nikkei.com/article/DGXKZO32110960S8A620C1KE8000 https://r.nikkei.com/article/DGXKZO32194360V20C18A6KE8000

PageTop

中国の無責任を許すG7

日本は中国を反面教師として独自の世界戦略を

日本経済新聞2018年6月22日朝刊のコラムにコメンテーターの上村率直氏が「中国の無責任許すG7」というコラムが掲載されていている。上村氏は「アジア諸国が中国からの資金の援助に頼って港湾や鉄道などの社会インフラを整える計画を次々の軌道修正している。」「高利の借金を膨らませて返済に行き詰まったあげく、肝心の社会インフラそのものが中国の国有企業へと実質的に売り渡される。」状況に警鐘を鳴らし、「新シルクロード経済圏構想『一帯一路』の掛け声でアジアやアフリカのインフラ事業に関わり、巨大な債権国になりつつある中国。取り組みの総額は一兆ドル規模ともいわれている。危なっかしさを感じさせるのは、外国へ流す資金の全容を中国自身がきちんと把握し切れていないようにみえることだ。」とその警鐘を具体的に説明している。これへの国際社会の対処は「日米欧や新興債権国が集まって、貸し先の国々の情報を交換したり問題国の債務再編を相談したりする『パリクラブ(主要債権国会合)』が中国の不透明さをただす場になってもよさそうだが」中国はその「正規メンバーの義務を免れている」と中国の危険性を指摘している。上村氏は、この対策を具体的に相談するのがG7だが、「G7の首脳たちが通商政策で対立」している為に中国への外圧対策をまとめ切れず、「債権大国になった中国の無責任ぶりを許している」と嘆いている。
この問題の背景と日本のあるべき独自の対応を筆者なりに考えてみたい。背景として以下が挙げられる。

第一に、日欧のインテリは中国をまとまりのある近代国家だと思っているがそれは間違いだ。歴史的に見て、中国がパリ革命で定義された近代国家だったことは現在に至るまで無い。中国の本質は収奪を主とする馬賊の集合体であり、今の日本の様に全体として統一された運営はできていない。例えば朝鮮人の多い瀋陽軍区は北朝鮮を支援しており、それに対して習近平は影響力を行使できていない。彼は瀋陽軍区に入る時は戦車に乗って暗殺されないよう細心の用心をする程だ。最大の馬賊集団である中国共産党の首領でもこの様(ざま)だ。

第2に、中国の役人は上役に高く評価され上位の役職を得る為に何でもありの行動を取る。自分の評価が上がるなら庶民が死のうが生きようが顧慮しない。市場原理など頭の片隅にも無い。毛沢東の大躍進政策の時地方の役人は庶民の農具や鍋を供出させて屑鉄を作った例があるし、外国から製鉄技術を導入した後鉄鋼を作り過ぎて巨大な在庫の山を築いた。鉄鋼の生産量が自分の評価指数だったからだ。海外へのインフラ建設も同様だ。契約を纏めればそれが評価になるから、後の事は考えないで賄賂と謀略で兎に角契約を纏める。商業道徳など頭の片隅にも無い。顧客が融資の返済に困る様にして港湾などを自国のものにする。

第3に、中国には外貨が枯渇している。米国のグローバリストは中国を自分に都合の良い下請け加工業者国家にした。その為に元とドルの交換比率を保証した。中国の主要産業は低マージンの組み立て産業なのだが、人件費が高騰して中国で製造するメリットが無くなり、工場は東南アジアに逃げ、外資を稼ぐ手段が無くなった。更に、欧米が投資したドルは高級官僚の個人資産になってしまった。これには中国特有のマジックが効いた。資本主義国では貨幣は経済原則に則りその総供給量は厳格に管理されるが、中国の様な共産主義国家は貨幣を自分の好きなだけ発行できる。例えば、国家が10兆元のプロジェクトを実行すれば、国家は10兆元の貨幣を発行してプロジェクトを請け負った高級官僚に渡す。彼は自分の一族を使ってそのプロジェクトを出来るだけ安く仕上げ、その総費用が7兆元だったとすると残りの3兆元は彼のものになる。彼はそれを自分の私有財産として欧米の銀行にドルで預金する。この時の元・ドルの交換比率は米国が保証している。この種のプロジェクトは国内で無人の新都市を建築するだけでなく、先進国の先端技術企業を買収したり、外国のインフラを建設したり、外国の高官を買収するのにも使われたが、その多くは焦げ付いた。こうして中国国内のドルはすっかり枯渇してしまった。海外政府とのプロジェクトどころではなくなった。

第4に、欧州諸国も第二次世界大戦後に米国主導で構築した世界経済&防衛体制の恩恵を受けた、ということだ。EUは米国から主導権を取り戻す意図があったが、その盟主のドイツも中国の無責任な投資の影響を被っている。例えば、ドイツ銀行の筆頭株主は中国の資産家になった。おまけにドイツは中国に投資し過ぎ、それを回収できなくなっている。トランプは米国に替わって世界の覇権を取ろうとする中国の意図を挫いて中国に対する米国の覇権を取り戻そうとしている。その為に中国への経済制裁の為にドイツの中国に対する債権に傷がつくこともあるだろう。この方針の対立がG7でのトランプとメルケルの不調和の原因とみるべきだろう。

さて、第二次世界大戦後米国のグローバリストが用意した世界経済の枠組みの中で欧州各国や中国や日本は経済発展している間に米国は疲弊してしまった。中国は米国に替わって世界の覇権を握ろうとしている。トランプは米国のグローバリストの失敗にナショナリズムで対抗しようとしている。世界は第2次世界大戦前の様にブロック経済になるかも知れない。この様な環境で日本は自国を中心とするブロック経済圏を構築し、ブロック内で完結する経済圏を目指すべきだろう。日本は海外に流出した核となる企業を自国に還流させ、ブロック内各国の経済構造を日本無しでは成立しないようにすべきだ。TPPはこの意味で日本と友好国にとって肝要な仕組みとなるだろうし、その運営にあたっては中国が反面教師となるだろう。

(資料; https://www.nikkei.com/article/DGKKZO32069070R20C18A6TCR000/ ) 

PageTop

米、中国に貿易戦争布告

時代は“冷戦2”

日経新聞2018年5月10日のコラムにマーティン・ウルフ氏(FINANCIAL TIMES チーフ・エコノミクス・コメンテーター)の「米、中国に貿易戦争布告  多国間協議で国益追及を」と題する文が載っている。 これは5月3日からの米中の通商協議に先立ち米国が提示した「枠組みの草案」に対するコメントだが、ウルフ氏はこの草案を「米国が築き上げてきた貿易制度を支える非差別主義や多国間協調主義、市場ルールの順守といった原則に反する。米国は自分たちを恥じるべきだ。」と口を極めてトランプを罵っている。氏は更に「中国は、いくつかの点でまだ途上国ではあるものの、超大国としての自覚を持つべきだ。」と中国を擁護し、「それが自分勝手ないじめっ子となった指導者のたどる運命である。」とトランプを脅している。

歴史を振り返ると、ルーズベルトら米国のリベラリスト達は中国に共産主義政権を建てる為に中国大陸に進出していた日本と戦争して勝ち、日本で社会主義革命を起こした。WW2後は疲弊した日本を含む世界各国を経済支援して国連やWTOなどの多国間協議の枠組みを通じて世界の産業のルールを支配した。日本はこの環境に順応してGDP世界第2位までになった。米国は中国に対して、特に鄧小平時代から膨大な投資を行い、中国に自国の工業生産を代替させ消費地として育ててきた。ウルフ氏の様な米国のエスタブリッシュメントはこの成果を継続し発展させたいだろうし、そのシステムを破壊しようとするトランプには我慢がならないだろう。

だが、彼の怒りは妥当だろうか?鄧小平は韜光養晦(とうこうようかい)を掲げ、外国には中国が先進国に対し従順な弟であることをひたすらアピールしたが国内向けには将来世界の覇権獲得を握ろうとしてきた。そしてリベラリスト達が構築した世界経済の枠組みを利用して委員会の委員や先進国の政治家や先端技術の企業を買収し、先進国への移民を増やしてきた。ビジネススクールでは「選択と集中」を教え、それが自国の産業の一部を中国など発展途上国へ移植する正当な理由となった。

だが、中国はGDP世界第2位になるに従い、米国に替わる覇権を軍事的、経済的に確立しようとし、他方米国の一般庶民は職を失って窮乏し、その影響は無視できないほどになった。ウルフ氏のような理想家は中国を富ませれば中国には中間層と民主主義が育ち、彼らが構築した世界経済の枠組みを遵守して良きパートナーになり、米国に利益をもたらすはずだったが、中国は米国とあらゆる面で対抗し、世界に貿易と軍事で覇権を得ようとした。

神の正義が存在しない中国人の頭脳には欺瞞と韜晦と「力による正義」しかない。三国志を読めばそれが良くわかる。ウルフ氏は「多国間協議で国益追及を」と言っているが、それが、中国が多国間協議の場で巧妙に主導権を取って自国の影響力を拡大した方法を知らない筈がない。ウルフ氏は中国の利益を代弁しているのだろうかと疑わしくなる。そして日経新聞はどの様な意図でウルフ氏のこの論文を掲載したのだろうかと疑わしくなる。

中国人がチベット、旧満州、モンゴル、ウィグルなどで行っている民族浄化の残虐さを知れば、中国の覇権の下に入った民族がどの様な目にあうかは容易に分かる。中国のSILENT INVASIONが完了に近づいている豪州は今後どの様な運命と辿るだろうか?

トランプは中国の覇権を挫こうとしているが国内のウルフ氏のようなエスタブリッシュメントがトランプを失脚させようと懸命だ。だが、彼らは依然として中国に勝手な幻想と理想を重ねている。日本は中国と2千年の付き合いがあり、中国人の実像を知っている。日本は米国人の中国への幻想に付き合わざるを得なかったし、今後は米国の中国をリセットするプログラムに付き合わざるを得ない。

世界はこれからナショナリズムに向かって大きく変化するだろう。日本は「中国5000年の歴史」の幻想を捨て、「選択と集中」で海外に出て行った主要産業を自国に回帰させ、日本を22世紀まで反映せしめる産業群を国内で育成させ、それをもって外国に対する交渉主導権を取らなければなるまい。

(資料; https://www.nikkei.com/article/DGKKZO30257860Z00C18A5TCR000/)

PageTop

デジタルサミット2018に寄せて(2)

情報産業は国家安全保障にどう関わるべきか

日本経済新聞社が6月4,5日 に「世界デジタルサミット 2018」を開催し、そのライブ中継を見た。テーマは「シンギュラリティへの挑戦」。その動画アーカイブは後日公開の予定)サミット2日目の最後のプログラムは「サイバー・ウォーフェアと世界協調」だった。この題は矛盾する概念を含んでいる。“ウォー(War)”は対立の結果発生するが“協調”は平和に関連する概念だ。何故こういう題になったのか?

インターネットは世界の距離の概念を無くし、完全な民主主義を実現すると期待された。世界の距離の概念が無くなれば人々は互いに理解し合い世界は平和になるだろうと理想主義者たちは考えた。米国の投資家たちはインターネットのこの性質を利用してグローバルなインターネットサービスのビジネスモデルを実現した。その結果、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトなどがグローバルにネットワークサービスを提供するに至った。

だが、人と人は話し合えば話し合うほど違いがはっきりし、妥協できない状況に陥ることもある。数千年間民族対立を繰り広げてきたパレスチナでイスラエル国境の壁が建設されているのはその好例だ。最近はトランプがメキシコ国境に壁を造ろうとしている。メキシコからの不法移民や麻薬などの犯罪流入を阻止するためだ。国家という生命財産文化産業のユニットを安全に保つには利益の相反する国家に対して障壁が必要だ。

グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトなど世界規模でサービスを提供するサービス事業者が世界中の個人の売買や移動や主張などの動きに関する情報を占有するに至りこれに対処する動きがある。例えば、5月31日の日経新聞朝刊6面の「企業データと大衆監視」という寄稿(https://r.nikkei.com/article/DGKKZO31145610Q8A530C1TCR000?type=edition&name=paper&edition=20180531M101)ではラナ・フォルーハー氏(コラムニスト)はその危険性について述べている。これらの米国系ネットサービスのサーバーは米国にあり、日本国民のこれらのサービスのユーザの情報を日本政府は把握できないし制御できない。韓国資本のメッセージングサービスLINEのサーバーは韓国内にあり、日本国はそれに対して無防備だ。これは国家主権を半分放棄したものと言える。EU(欧州連合)はこの危険性を認識し、GDPR(一般データ保護規則 General Data Protection Regulation)を制定した。中国政府もこれを認識し、自国にTwitterやSMSやGoogleやAmazonに対抗するサービス事業者(バイドウ、アリババ、テンセントなど)を育て世界的にサービスを拡大し同時に国内を世界のインターネット網から隔離している。中国共産党政府は第2次世界大戦後、満州やチベットに侵攻しその地の民族の言語と文化を破壊し、若い女性を強制移住させて民族浄化し、ジョージ・オーウエルの描く「1948年」社会体制を構築中だ。

残念ながら、デジタルサミットのフォーラムで発言した日本政府関係者にはこうした危機感は、当日の発言を聞く限り、薄かった様に見える。「日本だって世界中の建設機械の稼働に関するデータは日本に集めてる」からお互い様だという趣旨の発言だったが、何千万という国民の日々の通信、会話、売買などの情報と例えば建設機械の摩耗データを同列に扱うのは間違いだ。某国が自国にある日本人のメッセージングサービスの利用履歴やコンテンツの視聴履歴や書籍の購入履歴を基に個人の思想や趣味嗜好を抽出し、使えそうな個人を特定し、それを工作員に育て上げることも可能だからだ。

日本政府はその様な脅威から自国民を護らなければならない。何故なら、電子機器が社会のインフラの隅々にまで浸透した現代では、「銃やミサイルなどの火器による戦闘行為」はその戦争の最終形態であり、その前の経済制裁やサイバー攻撃や情報漏洩などの血を流さない戦争が日常になっているからだ。北朝鮮や中国から米国に対するサーバー攻撃は日常に起きているし、日本もその対象外ではない。米国やEUの様な国々とはこの様な国家安全保障の仕組みを議論し調整して一定ルールに収束させることも可能だろう。だが、西側に明らかに敵対している北朝鮮や中国とはどの様な対抗措置が可能だろうか?

日本にはインターネット情報産業のビジネスモデルがいくつもあったし、今もある。楽天やニコニコ動画等だ。だがその多くが米国が敷いた地地球規模という点で米国企業に負けている。日本の政策担当者は米国のinitiativeに無批判に従っているだけかも知れない。日本は日本の国家安全保障という観点からインターネットによる情報産業の構造を再設計し育成する必要がありはしないか?

(資料; http://www.digital-summit.jp/2018/streaming.html )

PageTop

アジアの成長と日本(2018/4/11)

副題;かっての日中韓のゴールデントライアングル論は中韓の謀略だった

日経新聞2018年4月11日朝刊のコラム「経済教室」で、「アジアの成長と日本」と題して“「工場」から「技術革新」の拠点に”という論説が載っている。

この論説を読むと何となく気持ちが悪くなる。何故かを考えてみた。

論説子は主張のポイントとして(1)日中韓の技術革新は質的に欧米に及ばず、(2)日本なお自国主義、米中は知的連携強化、(3)アジア新興国との知的連携で存在感示せ、の3点を挙げている。どんな論説にも無言の前提条件がある。無言なのは、前提条件まで記述するとコラムの字数制限を超えてしまうからでもあろう。だから、コラムを読むときはその前提条件を想定し、それを基に個々の記述の意味を理解しようとすべきだ。

3つの論点から明らかになるのは、世界は欧米対日本、韓国、中国の運命共同体の対抗で成り立っているということである。この前提条件はおかしい。例えば中国は「中国国内でしか使わないから」という条件で日本から新幹線の技術情報を引き出し、自国で高速鉄道網を建設し、それを「これは中国が独自に開発した技術だ」と言って諸外国に販売しようとしインドネシアでは日本に競り勝った。中国はISO規格を独自に制定しそれをISOとして世界に広めようとしている。対する日本はISOの委員会でまことに従順でナイーブな限りだ。韓国も、例えば新日鉄の技術指導を受けたポスコが特殊鋼の技術を盗み出し、新日鉄を同等の製品をより安価に販売し新日鉄に損害を与えた。だが、両国とも多くの技術が日本に及ばないことを知っている。だから彼らは日本から技術を何とか導入しようとして必死なのだ。

技術開発は国家の覇権を決定する決定的に重要な要素であり、その競争は一種の戦争なのだ。こうした環境で論説子の言う「日中韓を中心とした国際共同研究支援」をすればどうなるか明白だ。欧米を凌駕する技術を持っている日本は技術を中韓に吸い取られ、国益を大きく搊なうだろう。

このコラムを読んで思い出すのは「路地裏の経済学」で有吊だった竹内宏氏(1930*2016)が、鄧小平が生きていた数十年前に日本経済新聞の確か「経済教室」に寄稿したコラムだ。彼はそこで、今後の日本経済は米国に追従するのではなく、日中韓の三か国で連携して進めるべきだと説き、その後日本は中韓に莫大な技術援助、資本援助を行い、両国のGDPは高い成長を示した。逆に日本は失われた20年を迎え若者は失業氷河期に苦しんだのだった。

このスタンフォード大博士の論説の前提条件はかって竹内氏が主張したものと同じ匂いがする。犯罪事件が起こった時、探偵はその犯罪によって誰が一番得をしたかを調べ、犯人の目ぼしをつける。犯人の匂いを嗅ぐのだ。竹内氏のあの主張は経済学者らしくない可成り政治的なものだったと思う。その背景は当時の国内の政治状況だったかも知れないし、当時のリベラリズムの主流の主張に添ったものだったかも知れない。しかし鄧小平以来の中国は米国が用意した国際経済と政治の枠組みを狡猾に利用して経済成長を続け、先進国を浸潤し続け、習近平に至っては鄧の韜光養晦(とうこうようかい)をかなぐり捨てて露骨に世界制覇を進めだした。米国の国内と国際の政治状況が当時とは様変わりし、リベラリズムの失敗が顕著になって来た今、このスタンフォード大博士の論説は日本の国益を損なうものになっているとは言えないか?

おりしもトランプ大統領はダメダメだった民主党オバマ政権に替わって前政権のリベラル政策の多くを否定し、強権をもって北朝鮮と中国を従わせ、米国が中国を国際社会にデビューさせた当初の路線に戻そうとしている。論説子の様な日本のエスタブリッシュメントは世界の政治権力の風景が変わっていることを理解せねばなるまい。

(資料;https://r.nikkei.com/article/DGXKZO29208120Q8A410C1KE8000)

PageTop

デジタルサミット2018に寄せて

第5世代コンピュータの失敗を繰り返すな

日本経済新聞社が6月4,5日 に「世界デジタルサミット 2018」を開催し、そのライブ中継を見た。テーマは「シンギュラリティへの挑戦」。(詳細は http://www.digital-summit.jp/2018/streaming.htm を参照。その動画アーカイブは後日公開の予定)その感想を以下に述べる。

「シンギュラリティ(技術的特異点)」とは人工知能(AI)が今後も性能向上を続けた結果コンピューターの能力が人間の頭脳を超える時点のことで、2045年にもそれが訪れるとの予測がある。この予測者が2045年にどういう事態になることを想定したのか知らないが、筆者はAIが流行語(buzz word)になる以前の2010年ころからハンガリーのAI(機械学習)ソフトのビジネスを日本で立ち上げた実績から言うと、シンギュラリティ―は部分的に発生するのであって、2045年に社会全体がSF映画が描くような悲惨な未来になる訳ではない。

何故なら、AIエンジンが効果的な情報を利用者に提示するにはそれに相応しい情報をAIエンジンに提供し続けなければならない。どの様な情報を与えるかはAIエンジンをどの様な目的に使うかを先ず人間の側が定義し、それに必要なデータを収集しAIエンジンに入力する流れを作らなければならない。AIエンジンがどの様に成長するかはどの様なデータ(餌)を与えるかに依る。逆に言えば、良質なデータが無ければAIエンジンは使い物にならない。筆者が立ち上げたAIアプリケーションの1つは誰にどのレストランを推奨したらベストかを特定するかであって、これによってレストランの訪問率が20%ほど上がった。AIエンジンはこの様に個別なニーズに応える形で普及し、それが有機的に連携して広まってゆくだろう。

「シンギュラリティへの朝鮮」は「AIが近い将来人間の仕事を奪って大変なことになるから今のうちに対策を」という、一般聴衆の注意を惹くためのコピーとして良くできた表現だとは思うが、問題は、日経に限らずマスコミが、AIの仕組みを情緒的に訴える負の側面だ。文科系出身の多いマスコミは総じて科学技術について見識が乏しく、視聴率を稼ごうとして情感に訴える番組作りをし、視聴者をミスリードする。かつてのN放送局によるスタッフ細胞や善玉/悪玉コレステロール報道がその典型例だ。

筆者がAIエンジンのビジネスを始めた理由の一つは、2010年ころの日本の人工知能学会の活動を調べ、それがかなり低調であり、研究成果がハンガリー社に比べて世界の最先端でもなかったので、日本のAI技術と差別化できると判断したからだ。だが、その後“AI”は急速に流行語化してマスコミでもネットでも騒がれるに至っている。展示会でAI製品を紹介している企業のブースで説明員に質問すると統計処理に毛の生えた様な製品をAIだと称していたりする。どうも日本では第五世代コンピュータの熱狂と挫折の後地道なAI研究から目を逸らし、IBMがdeep learningでbreak throughして以来急速にAIに注目し出したようだ。

だが、高度の数学とITの技術を要するAIなどの技術者は一朝一夕には育たない。数学とITの適正と素養のある若い技術者が世界のAIの学会での論文を読んで消化し、対象とする適用領域にAIエンジンを導入して先に述べた方法でそのAIエンジンを育てて使えるものにするのに10年はかかるだろう。海外のAI有力企業や研究所と提携したり買収すれば10年賀5年になるかも知れない。日本はこういう技術者の層を厚くして米国や中国に伊してゆくことに成功するだろうか?

懸念は、AIを振興しようとする日本の指導者層がAIの表層だけでなくその構造を理解した上で振興の具体策を策定し実施できるかだ。1982年に始まった第5世代コンピュータプロジェクトは人工知能マシンを作ろうという意欲的なプロジェクトがったがさしたる成果も出さずに終了した。筆者も当時その熱気に影響されてLISPを勉強したものだった。これは技術の現実を知らない霞が関の誰かが夢を見て突っ走りマスコミが盛んに吹聴しただけだったから失敗は当然だった。この失敗を繰り返してはならない。何故なら、AIこそ日本の核となるべき情報産業の中でも最も国力の源泉となる技術だと思うからだ。

PageTop