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KenConsultingの本多謙が政治/経済記事を独自の視点で評論します

令和時代、日本の製造業が取るべき道は?

「製造業、苦闘の先に勝機も」という題で、令和時代の日本の製造業の進むべき方向を、東京大学教授藤本隆宏氏が2019年1月9日付の日経新聞経済教室欄「平成の終わりに」シリーズ第4回で示唆している。

とはいっても具体的な戦略を提示している訳ではなく、ここに気を付ければ生き残れるよ、程度なのだが。だがこのコラムの白眉は昭和、平成に至る日本の製造業の環境と履歴を図式的に実に分かり易く説明していることだ。多くの人が熟読することをお薦めする。

筆者としては、見出しの「米中共に頼る補完技術を」やポイントとして挙げている「米中恐竜企業の間で生きる哺乳類戦略を」には不満であり、どうして日本が世界をリードできる方向性を示せないのだろうか、と思う。それを説明したい。

コラム子は「日本は昭和の戦後期つまり約40年の冷戦期に経済が成長した国である。平成は冷戦終結とともに始まったポスト冷戦期であり、バブル崩壊後の日本経済停滞の時代だった。」と戦後の70年間を総括し、平成の停滞の原因を2つ挙げている。その筆者なりの表現は「低賃金国の参入」と「デジタル・ネット化」だ。

冷戦期、日本はアナログ環境の産業と技術のすり合わせで製造した個別製品で成功し、そのGDPは世界第2位に達した。例えば日本の家電は欧米の競合相手を駆遂したのだった。米国はこれに深刻な危機感を抱き、産業構造の抜本的な改革を行った。1つは中国などの低開発国を開国し、投資して製造能力を与え、安価な労働力で工業製品を作らせ、日本に対抗することであり、もう1つは産業技術の基盤をアナログからデジタルの移して日本が製造できない製品を作ることだった。インテルが一旦は日本の為に倒産しかけCPUに特化することで繁栄を取り返したことを覚えている人も多いだろう。また、米国は終身雇用制度を捨て、必要な労働力を柔軟に利用できるように社会システムを改めた。IBMが終身雇用を捨てたのは1992年(平成2年)ころだった。

更に、米国は政治力を駆使し、1985年にプラザ合意で超円高の環境を実現し、日本の製造業を苦境に追い込んだ。米国は単に製造技術という狭い領域だけでなく、社会の仕組みをごっそり変え、政治力などの力を全て動員して米国の覇権を日本から護ったと言える。日本人は覇権を護る為なら身を切ることも厭わないアメリカ人のダイナミズムを理解しているだろうか?コラム子は「平成期に入ると、冷戦終結による低賃金人口大国・中国の世界市場参入、デジタル情報革命による家電などの設計比較優位の喪失、さらに複合不況、円高継続もあり、貿易財製造業は苦難の時代が続いた。」と“台風が来て大変でした”みたいな書き方をしているが、その遠因は日本の世界での成功であることは覚えておいた方が良い。

コラム子は平成の30年を初期、中期、後期に分けて説明している。初期は日本が中国の低賃金工場システムに負けた時代、中期は中国の賃金高騰や生産性改善により競争力を取り戻して行く時代、後期はこの傾向が更に強くなり「国内の優良現場はグローバルコスト競争の長いトンネルを抜け、多くが存続可能となった」時代だ。

更に「平成後期の10年代は、スマートフォン(スマホ)、クラウド、人工知能(AI)などデジタル革命が加速化した時代でもあった。」と言い、日本の産業が置かれた状況を“外国勢が上空、低空で優位を占めているのに日本勢は地上に取り残されている”という図式で説明している。上空とはGAFAに代表されるネットとサービスの産業であり、IoTやインダストリー4.0等で上空層の産業の手足や感覚器官になる産業のことだ。

デジタル化の三層構造
出典;日本経済新聞2019年1月9日朝刊23面

そして「日本製造業はグローバル競争の危機は脱しつつあるが、デジタル化では出遅れ、上空で米国勢に制空権を握られ、低空でもドイツ勢の後塵を拝した。地上でもドイツ勢が支援する中国の自動化工場が続々新設され、これらの閉塞感から再び日本製造業悲観論が出ている。」と現状を纏め、日本の製造業の進むべき道として、米国と中国の存在感はとても大きいので、「米中共に頼る補完技術」を充実させ、“米中という恐竜の狭間で哺乳類が生き残れた様な弱者の戦略を“とるべきだと勧める。

だが、日本人は中国が米国と同等の恐竜だと考えて良いのだろうか?日本人は中国が5000年の歴史を持ち古代に日本に文明を持ち込んだ理想の国という幻想が抜き難くあり、中国もそれを利用して自国のイメージを高めている。だが現実は違う。隋や唐が滅び破壊と殺戮の歴史の後に残ったのは日本より遥かに劣り、謀略に長けただけの共産主義国だ。ソ連が崩壊した後そのGDPは発表値の20分の1だったことを顧みれば、中国のGDPは日本の数分の一だと見做してよい。であれば中国を恐竜と見做すのは間違いになる。

米国にとって誤算だったのは、中国が賃金を高騰させて製品の国際競争力を弱めたことと、米国が中心になって構築したグローバルな経済システムや研究開発システムにタダ乗りし、19世紀に失われた覇権を取り戻そうと野心を剥き出しにしたことだ。この米中間の軋轢をコラム子は「米中技術摩擦」と表現しているが、このコラムが載った2019年1月以来事態は急展開し、「米中戦争」と呼ぶ状態になっている。

日本人は中国が且つてヒトラーやユダヤ人に対して行った以上の民族浄化をモンゴルや満州で行い、今はチベットやウイグルで行い、10億の農村戸籍の自国民を奴隷の様に扱い、生体臓器移植を行っていることを知らない訳ではないだろう。米国はこれらの問題を経済問題と同レベルで解決すべく中国を作り変えようとしている。これが「米中戦争」の全体図であり、「米中技術摩擦」はその極く一部でしかない。しかし「米中技術摩擦」の将来を語るには「米中戦争」全体を知らなければならない。

この「米中戦争」の結果、米国が勝ち中国は破れ、中国は技術の覇権を獲ることなく低開発国に甘んじることになるだろう。であれば日本の戦略は「米中恐竜企業の間で生きる哺乳類戦略を」でも「米中共に頼る補完技術を」でもなく、「米国と共に中国や東アジアのイニシアティブを取れる技術と産業政策を」であるべきだ。

日本は天安門事件の後孤立した中国に天皇を送って中国の経済発展に貢献した。だが中国は同時期に反日を強め日本を蚕食する動きを止めない。日本の経済界はこれらの不都合な事実を見ない振りをし、中国に投資を続けている。あまつさえ“中国のハイテク産業に協力しそれを補完する勧業を育てるべきだ”という言説の裏には中国に対する幻想があるのだろう。

中国の一帯一路に順応しようとした国がどういう末路を辿ったか、回答は既に出ている。日本をそういう国、ウイグルやチベットの様にしたくなければ、取るべき進路は明らかだ。日本は日本のアナログ産業の攻勢に対抗しようとして産業構造そのものを変革させた米国のダイナミズムを見習うべきだ。

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